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浦和地方裁判所 昭和61年(ワ)457号 判決

原告(反訴被告)

森田慶治

右訴訟代理人弁護士

岡田滋

山本政道

被告(反訴原告)

田續清

右訴訟代理人弁護士

三森淳

塩生三郎

主文

一  原告(反訴被告)が別紙物件目録記載一、二の各土地、建物につき所有権を有することを確認する。

二  被告(反訴原告)は、

別紙物件目録記載一の各土地、建物についてなされている浦和地方法務局岩槻出張所昭和五八年三月一〇日受付第四五七一号の所有権移転登記の、

同目録記載二の土地についてなされている浦和地方法務局岩槻出張所昭和五八年三月一〇日受付第四五七〇号の所有権移転請求権仮登記の、

各抹消登記手続をせよ。

三  被告(反訴原告)の反訴請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、本訴反訴を通じ、被告(反訴原告)の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  本訴請求の趣旨

1  主文第一、二項と同旨。

2  本訴費用は被告(反訴原告)の負担とする。

二  本訴請求の趣旨に対する被告(反訴原告)の答弁

1  原告(反訴被告)の請求をいずれも棄却する。

2  本訴費用は原告(反訴被告)の負担とする。

三  反訴請求の趣旨

1  反訴被告(原告)は、反訴原告(被告)に対し、別紙物件目録記載一(三)の建物を明け渡し、同目録記載一(一)及び(二)の各土地を明渡せ。

2  反訴被告(原告)は、反訴原告(被告)に対し、同目録記載二の土地につき浦和地方法務局岩槻出張所昭和五八年三月一〇日受付第四五七〇号をもってなした昭和五八年三月八日に売買予約を原因とする所有権移転請求権仮登記の本登記手続をなし、かつ、右土地を明渡せ。

3  反訴費用は原告(反訴被告)の負担とする。

4  反訴請求の趣旨第1、2の各土地明渡部分につき仮執行宣言。

四  反訴請求の趣旨に対する答弁

1  主文第三項と同旨。

2  反訴費用は反訴原告(被告)の負担とする。

第二  主張

(本訴請求について)

一  請求原因

1(一) 原告(反訴被告)(以下、本訴、反訴を通じて「原告」という。)は、もと別紙物件目録記載一の各土地、建物(以下「目録一の不動産」という。)及び同目録記載二の土地(以下「目録二の土地」という。)を所有していた。

(二) 事情

(1) 同目録記載三の各土地(以下「目録三の土地」という。)はもと訴外野口慎三が所有する農地であったが、同人から転々訴外株式会社向山建設(以下「向山建設」という。)に譲渡され、次いで同社から昭和五七年五月三日原告に農地法所定の知事の許可を得ることを停止条件として譲渡された。

なお、登記簿上は、いわゆる中間省略登記により、野口慎三の相続人訴外野口重男(以下「重男」という。)から原告に直接売買された形がとられた。

(2) そして、目録三(一)(二)の土地については昭和六二年八月一一日に、また、目録三(三)の土地については昭和五八年一月二〇にそれぞれ地目が変更され、目録三(一)(二)の土地は宅地、同三(三)の土地は雑種地となって、農地ではなくなった(以下、目録一ないし三の土地、建物を「本件不動産」という。)。

2 目録一の不動産には浦和地方法務局岩槻出張所昭和五八年三月一〇日受付第四五七一号で昭和五八年三月八日売買を原因とする所有権移転登記が、また、目録二の土地については同出張所昭和五八年三月一〇日受付第四五七〇号で昭和五八年三月八日売買予約を原因とする所有権移転請求権仮登記が、それぞれ被告(反訴原告)(以下、本訴、反訴を通じて「被告」という。)のためになされているが(以下「本件登記」という。)、被告は目録一の不動産及び目録二の土地を所有していると主張して、原告の所有権を争っている。

3 よって、原告は、被告に対し、所有権に基づき目録一の不動産及び目録二の土地の所有権の確認並びに本件登記の各抹消登記手続を求める。

二  請求原因に対する被告の認否

本訴請求原因1、2の事実はいずれも認めるが、同3は争う。

三  抗弁(売買)

1(一) 原告は被告に対し、昭和五八年三月八日、本件不動産を一括して、ただし、目録二及び三の土地については農地法所定の知事の許可を得ることを停止条件として代金総額五〇〇〇万円で売り渡した(以下「本件契約」という。)。

(二) 請求原因1(二)(2)と同旨。

2 被告は原告に対し、昭和五八年三月八日に右金員のうち四〇〇〇万円を、同月九日に右残代金一〇〇〇万円をそれぞれ支払い、同月一〇日に本件契約に基づき原告主張の各登記を経由した。

四  抗弁に対する認否及び反論

1(一) 抗弁1(一)の事実のうち、本件契約が売買契約の形式をとっていることは認め、その余は否認する。

原告は昭和五八年三月五日ころ被告との間で、四〇〇〇万円を利息年一九パーセントの約定で借り受け、その担保として、本件不動産に抵当権を設定する旨一旦合意したが、同月八日になって、被告から形式上売買にしたい旨の申出を受け、もし断れば融資が受けられなくなるかもしれないと思って、これを承知したものである。従って、本件契約は売買契約の形式をとってはいるものの、その実質は右債務を担保するための譲渡担保設定契約である。本件不動産の右契約当時の時価は、目録三の土地だけでも約一億円、全体では約二億円を下らず、目録一の不動産は原告の先祖伝来の宅地、居宅であり、原告が当時必要としたのは目録三の土地の残代金及び借金の返済資金計四〇〇〇万円のみであったから、原告が本件不動産を代金四〇〇〇万円(被告主張では五〇〇〇万円)で売却するはずはなく、その必要性もなかった。

(二) 同1(二)の事実は認める。

2 同2の事実は否認する。

原告は被告から、昭和五八年三月八日に一七〇〇万円、同月九日に二三〇〇万円のそれぞれ交付を受けたが、それは貸金であり、売買代金として交付を受けたものではない。

なお、原告は、本件訴訟の中途で、原告が被告から五〇〇〇万円を受け取ったことがある旨主張したが、それは事実に反し、錯誤に基づくものであるから、その自白を撤回し、右のとおり主張する。

五  原告の不利益陳述―譲渡担保

1 本件契約は被告が原告から授受した金員を元本債権とする消費貸借契約及び右債権を担保するための譲渡担保設定契約である。

2 被告は、昭和五八年三月一〇日、右契約に基づいて本件登記を経由した。

六  再抗弁

1 通謀虚偽表示

仮に本件契約が単純な売買契約であったとしても、右意思表示は原告が被告から「貸す金額が大きいから、普通の抵当権設定の方法ではなく、形式上だけ売買ということにしてもらいたい。金を返したら必ず元に戻すから」と持ち掛けられたため被告の右言辞を信じ、被告の言うがままに本件契約書に署名、押印したものであって、被告と原告は本件契約締結の際、いずれも本件不動産を売買する意思がないのに、その意思があるもののように仮装することを合意したものである。従って、本件契約は通謀虚偽表示で無効であり、これを前提になされた本件登記手続も無効である。

2 心裡留保

原告は本件契約に際し真実被告に本件不動産を売却する意思がないのに、その意思があるもののように本件契約締結の意思表示をしたものであるが、被告は原告の右真意を知り、又はこれを容易に知ることができた。

3 公序良俗違反

仮に本件契約が本件不動産の売買契約であったとしても、その全部又は少なくとも目録一及び二の不動産売買の部分は次のとおり公序良俗に違反し無効である。

(一) 原告は眼も悪く文字も碌々読み書きできない法律に無知な農民であるのに対し、被告はいわゆるバッタ屋であり、また不動産ブローカーまがいの業務に従事しており、暴力団関係者と親交のある者である。

(二) 本件契約締結当時の本件不動産の時価相当額は約二億円一〇〇〇万円であったが、実際の売買代金額四〇〇〇万円とは合理的な対価的均衡関係を著しく逸脱している。

(三) しかるに、被告は本件契約締結当時原告が右資金需要に追われ債権者らに追われていた事実を知り、その無知、窮状に乗じて不当の利益を得ようとして本件契約書に署名押印させた。

(四) 仮に目録三の土地との関係で対価的均衡関係が認められたとしても、その余の目録一及び二の不動産をも含めた場合には合理的な対価均衡関係を著しく逸脱している。

4 譲渡担保の被担保債権消滅―相殺

(一) 被告は譲渡担保権者として善管注意義務ないし目的物を時価相当額で処分し設定者に損害を与えないように配慮すべき注意義務を負っているにもかかわらず、右義務に違反して時価一億五〇〇〇万円を下らない目録三の土地を昭和六二年四月一五日に訴外金井産業有限会社(以下「金井産業」という。)に代金三〇〇〇万円で売り渡したので、原告は少なくとも一億五〇〇〇万円から三〇〇〇万円を控除した差額一億二〇〇〇万円に相当する損害を被った。

(二) 本件契約によって原告が被告から四〇〇〇万円を仮に利息制限法所定の最高利率である年一割五分で借り受けたとして計算しても前記担保物件処分時までの貸金債権の元利合計額は六五〇〇万円である(ただし、期間は四年二か月として計算する。)。

(三) 原告は、被告に対し、平成二年四月二五日付本件準備書面において、右の損害賠償請求権をもって、被告の原告に対する右貸金債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をしたが、その結果、被告の原告に対する貸金債権及び譲渡担保権はいずれも消滅した。

七  再抗弁に対する認否

1 再抗弁1ないし3の事実はいずれも否認し、その主張は争う。

2(一) 同4(一)の事実のうち、被告が目録三の土地を昭和六二年四月一五日に金井産業に代金三〇〇〇万円で売り渡したとは認め、その余は否認する。

(二) 同4(二)、(三)は争う。被告が原告に渡した金額は五〇〇〇万円である。

(反訴請求について)

一  反訴請求原因

1 本訴抗弁1、2と同旨。

2 原告は、目録一の不動産及び目録二の土地を占有している。

3 よって、被告は原告に対し、所有権に基づき目録一の不動産及び目録二の土地の各明渡しを求め、さらに、目録二の土地について右仮登記に基づいてその本登記手続を行うように求める。

二  反訴請求原因に対する認否

1 反訴請求原因1に対する認否は本訴抗弁に対する認否1、2と同旨。

2 同2の事実は認める。

3 同3は争う。

三  反訴抗弁

本訴再抗弁と同旨。

四  反訴抗弁に対する認否

本訴再抗弁に対する認否と同旨。

第三  証拠〈省略〉

理由

(本訴請求に対する判断)

第一本訴請求原因について

本訴請求原因1、2の事実はいずれも当事者間に争いがない。

第二本訴抗弁について

一本訴抗弁(売買)について

1 同1(一)の事実のうち、本件契約が売買契約の形式をとっていることは当事者間に争いがない。

また、証拠(〈書証番号略〉、原告本人、被告本人)によれば、原告と被告は昭和五八年三月八日ころ、本件不動産を目的とする「土地売買契約書」「建物売買契約書」と題する書面にそれぞれ署名押印したこと、原告が署名押印した領収書にも土地代金として領収した旨の記載がされていることの各事実も認められる。

2 このように、本件契約は売買契約の形式をとっているものであるが、原告はその趣旨を争い、本件契約は譲渡担保である旨主張するもので、なお検討する。

証拠(〈書証番号略〉、原告本人、被告本人、弁論の全趣旨)によれば、以下の各事実(一部当事者間に争いのない事実を含む。)が認められる。

(一) 本件契約に至る経緯

(1) 目録三の分筆前の土地である越谷市七左町七丁目三五六番の土地(以下「三五六番の土地」という。)は、もと訴外野口慎三の所有する農地であったが、同人から転々向山建設に譲渡され、次いで昭和五七年五月三日に同社から原告に対し農地法所定の知事の許可が得られることを停止条件として代金六二四六万五〇〇〇円で売り渡された。ただし、同社の都合で売主は形式上有限会社本山商事(以下「本山商事」という。)とされ、登記簿上は、いわゆる中間省略登記により、野口慎三の相続人である重男から原告に売買された形がとられており、原告が重男からその買主たる地位を取得したものである。

(2) その後、三五六番の土地は、昭和五七年五月一四日に、目録三の土地及び越谷市七左町七丁目三五六番四の土地(以下「三五六番四の土地」という。)の四筆に分筆された。そして、目録三(一)(二)の各土地については、それぞれ同年一一月二五日付で農地法五条に基づく転用許可申請が第三者の名義を使って行われ、右申請行為はいずれも昭和五八年一月二七日付で県知事の許可を得ている他、さらに、店舗兼居宅を建築する目的で開発行為許可申請も行われ、これも同年一月二八日付で県知事の許可がなされていること、また、目録三(三)の土地についても昭和五七年一一月二五日付で農地法四条に基づく転用許可申請が第三者の名義を使って行われ、右申請も同一月二七日付で県知事の許可を得ていること、そして、原告は、昭和五八年二月二三日に高栄工業こと高橋栄に対し、右各土地についての宅地造成工事を発注した(なお、同工事は同年三月末日に完成し、原告は同年四月一日右高橋に代金二二〇万円を支払っている。)。

(3) 原告は、昭和五八年一月ころ、三五六番の土地の売買残代金として売主に二一二六万五〇〇〇円の、右土地の購入資金のための借入金として訴外會田健一(以下「會田」という。)に一六四〇万円の、また、税金として四七四万九四〇〇円など、計四二四一万四〇〇〇円余りの負債をかかえており、同年二月下旬には訴外東芝ゼネラルエレクトリックファイナンス株式会社(後に東芝総合ファイナンス株式会社に商号変更した。)から三五〇〇万円の融資を断られるなどして、右債務の支払に窮していた。

(4) そのような折、原告は、昭和五八年二月下旬になって、訴外栗田郁夫(以下「栗田」という。)から融資先として被告及び訴外赤萩政白(以下「赤萩」という。)を紹介され、同年三月初めころに二回ほど会い、被告らを本件不動産の現地に案内したり、喫茶店で話し合うなどしたが、原告は、その際、被告に対して四〇〇〇万円の借入れを申し込み、その折には利息を年一九パーセントとすること、本件不動産に担保を設定すること、目録三の土地が売れたら返済するが一年位はかかるとの話が出されていた。

(5) 同年三月八日、原告、栗田、赤萩、松本、原告の債権者會田等は宮本司法書士事務所(以下「宮本事務所」という。)隣の喫茶店に集合し、原告はその店内で本件契約書及び〈書証番号略〉の領収書に署名押印した。そして、登記申請手続を委任するため宮本事務所に赴いたところ、原告はそこで右契約書が売買契約書であると知らされたことから、被告に対して金銭消費貸借とその担保設定契約にしてほしい旨求め、その場で、被告との間で売買とするか金銭消費貸借及びその担保設定契約とするかについて争いが生じ、一旦は本件契約の成立が危ぶまれる状態となった。しかし、仲介者である栗田の引き止めに合い、栗田から売買の形式をとっても買戻し条件付きである旨の説明を受けて、原告も、先の本件契約書及び領収書に署名押印したことを了承し、宮本事務所にその旨の所有権移転登記手続を行うように委任した。

(二)  原告の本件契約締結の動機

前判示のとおり、本件契約当時の原告の負債は三五六番の土地の売買残代金等計四二四一万四〇〇〇円(税金額を除けば計三七六六万五〇〇〇円)余りであったこと、原告が本件契約後の昭和五八年三月九日に本山商事に二一二六万五〇〇〇円を支払い、三月一〇日受付で目録一の不動産の會田の抵当権設定登記の抹消登記がなされていることからすれば、原告が被告らからの授受金額の大半を右負債の返済に当てている事実が認められ、さらに、原告が本件契約の前後にかけて三五六番の土地の造成工事等をしていることからすれば原告が本件契約の前後にかけて右土地を転売するための準備をしていたことが窺えるのであり、右各認定事実を総合すれば、原告が本件契約を締結するに至った目的は右負債の返済に当てる金員を得ることにあったということができる。

(三)  本件不動産売却の必要性ないし合理性

(1)  本件不動産の時価

前判示のとおり、原告は昭和五七年五月三日に三五六番の土地を向山建設から代金六二四六万五〇〇〇円(坪当り約一五万五〇〇〇円)で買い受けたのであるが、この坪当り約一五万五〇〇〇円を基礎にして目録三の土地の時価を計算しても約五七九七万円であったものと認められるが、目録三の土地は、原告が買受けた後に農地転用許可などを得ていて、同年二月二三日には原告によって宅地造成工事が発注もされていることを勘案すると、目録三の土地は実質的には宅地見込地として原告の取得時よりも価値を著しく増加していたものといえるのであり、そのことは赤萩が、本件契約後の昭和五八年五月一三日に原告及び原告の妻が被告宅で被告及び赤萩と面談した時点で、被告らが目録三の土地だけでも一億円程度の価値があるとの認識を、原告及びその妻に示していたことによっても裏付けられるものである。

また、不動産鑑定評価書(〈書証番号略〉)も、目録一、二及び三(一)(二)の各土地は宅地、同三(三)の土地は雑種地としたうえで、本件契約締結時における各不動産の時価は、目録一の不動産が九七九二万二〇〇〇円、目録二の土地が六九四万二〇〇〇円、目録三の土地が一億三〇九万六〇〇〇円であって、本件不動産全体では総額二億七九六万円であったと評価していることが認められる。

このようなことからすると、

本件契約時における目録三の土地の時価は一億円程度であり、本件不動産の時価となれば二億五〇〇〇万円を超えるものと認められる。

被告は、原告が向山建設から六二四六万五〇〇〇円で購入した土地は、三五六番の土地の他に越谷市七左七丁目二三一五番の土地(一四八七平方メートル、以下「二三一五番の土地」という。)が含まれていること、また、目録三の土地の地目変更は昭和六二年八月にされていて、本件契約当時の目録三の土地は農地として評価されるべきことを指摘して右評価が誤りであると主張するが、指摘中、前者の点は、二三一五番の土地は昭和四七年一一月に土地改良法による換地処分によって目録三の土地の分筆前の三五六番の土地とされたもので(〈書証番号略〉)、二三一五番の土地と三五六番の土地とは同一のものであることからして理由がなく、また後者の点は、本件契約当時すでに転用許可済となっていたこと前判示のとおりであって同じく理由がないから、右認定に反する被告の主張はいずれも採ることができない。

(2)  原、被告間の授受金額

原、被告間の授受金額については、原告は四〇〇〇万円であると主張し、被告は五〇〇〇万円であると主張するが、原告自身が署名、押印したものであると認められる三月八日付の領収書記載金額は四〇〇〇万円であり(〈書証番号略〉)、同じく三月九日付の領収書記載金額は一〇〇〇万円であること(〈書証番号略〉)、被告及びその妻子名義の預金通帳から三月七日ないし八日にかけて総額二三〇〇万円が払い戻されていること(〈書証番号略〉)、訴外松本喜宏(以下「松本」という。)名義の預金通帳から三月八日に二五〇〇万円が払い戻され(〈書証番号略〉)、同日、松本から赤萩に二五〇〇万円が貸し渡されていること(〈書証番号略〉)、前判示のとおり本件契約当時原告の負債は四二〇〇万円余りあり原告はその返済に窮していたことの各事実が認められることからすれば、三月八日、同月九日にかけて計五〇〇〇万円が被告らから原告に渡されたものと推認することができる。

この点について原告は三月八日に一七〇〇万円、三月九日に二三〇〇万円の計四〇〇〇万円の授受があったに止まり、〈書証番号略〉の領収書に署名押印した際には金額欄は白地であったこと、また、三月五日ころ当事者間で四〇〇〇万円を利息年一九パーセントで貸し渡す旨一旦合意が成立したが、三月八日になって四〇〇〇万円を利息についての合意をすることなく借り受けた旨述べているのであるが(〈書証番号略〉、原告本人)、原告が貸倉庫業を営む者で、従前、被告、赤萩、栗田らと取引経験がまったくなかったこと(〈書証番号略〉)からすれば、金額白地の領収書に署名すること自体にわかに信じがたいものであること、当時原告が実際に必要としていた金員は約四二〇〇万円余りであったうえ、本件契約の締結や登記手続に要する費用や、仲介者である栗田に対して当然仲介手数料を支払う必要があったと推認されること、原告も一度は五〇〇〇万円の授受があったと認める旨の弁論をしていることなどに照らし、原告の右供述部分は到底信用することができない。

よって、本件契約における原、被告間の取引ないし授受金額は五〇〇〇万円であったと認められる。そうすると、原告の自白の撤回は真実に反することの立証がないから許されず、当事者間の授受金額が五〇〇〇万円であったことについて自白が成立する。

(3) 以上によれば、五〇〇〇万円は、本件不動産の売買代金額としても本件契約当時の時価相当額に秘して著しく低廉なものといえるのであり、原告が必要としていた金額と当時の本件不動産の時価を対比すれば、本件契約当時に原告が本件不動産全部を五〇〇〇万円で売却しなければならない必要性ないし合理性を見出すことはできないと認められる。これに反する被告本人の供述、証人赤萩及び証人宮本の証人調書の証言部分はいずれも信用できない。

(四)  本件契約後の占有状況等

(1)  本件契約当時、目録一(二)及び目録二の土地上には未登記建物が存在し、第三者に賃貸されていたにもかかわらず(〈書証番号略〉)、右未登記建物は、本件契約の対象物件に含まれていないし(〈書証番号略〉)、原、被告間で目的物件の引渡について何らの合意もなされていない。殊に目録一(三)の建物は原告が居宅として使用したものであるが、その明渡時期に関する合意も存在せず(〈書証番号略〉、この点については当事者間に争いがない。)、他に原告と被告との間で明渡しに関する交渉のなされた事情も何ら窺うことができないのである。このようなことからすれば、被告らは本件不動産についての明渡しをそもそも予定していなかったと推認するのが相当であり、現に本件契約後も本件不動産について引き続き原告の占有を許していた事実も認められるのである。

この点について被告は、原告が明渡しの要求を受けたら直ちに明渡に応じてくれると信用していた旨供述しているが、原告と被告らとの間に従前取引関係は全く存在していなかったこと、また、本件不動産の購入後の予定について被告は目録三の土地上に倉庫を建設し、目録一及び二の不動産は売却する予定であった旨述べているのに対し(原告本人、〈書証番号略〉)、売買代金の半額を出資して実質的な共同買主であったとされる赤萩は目録三の土地を自宅として使用するものと考えていた旨述べているのであって(〈書証番号略〉)、これは利用方法については予め両者間で相談していたとの両者の供述内容(〈書証番号略〉)とは必ずしも一致しないものであることからすれば、この点に関する両者の供述及び証言はいずれも信用することができない。

(2) また、年度途中の公租公課の負担区分についての合意の存在も窺われず(〈書証番号略〉)、登記費用の負担については売買の場合には買主が、担保設定の場合には債務者がそれぞれ負担するのが通例であるところ、本件では原告が登記手続費用を負担していること(〈書証番号略〉、当事者間に争いがない。)、さらに、被告が本件不動産の評価額についても特に調査もしていない旨述べていることは本件契約が売買ではなかったことを示す証左ということができる。

(3) さらに、原告が本件契約後の三月一三日ころ被告に電話したところ被告は八〇〇〇万円なら本件不動産の返却の話に乗る旨原告に話したこと(〈書証番号略〉、原告本人)、同じく五月一三日ころ原告及び原告の妻が被告宅で被告及び赤萩と面談した際、被告らは原告に対して目録三の土地を他に売却し、その代金を倍返しに相応する八〇〇〇万円(前記認定によれば一億円となるべきもの)の支払いに当てるように要求をしていたこと、したがって、被告は、売買の形式に則った主張はしていたが、本件不動産について原告の所有を認めていたことが窺われる(〈書証番号略〉、原告本人)。

3  以上の各事実、殊に本件契約締結に至った原告の動機ないし目的、五〇〇〇万円は本件不動産の売買代金額としては時価相当額に比して著しく低廉であること、原告が目録三の土地について転売のための準備を行っていたこと、本件契約後の本件不動産の占有使用状況等の諸事情を総合すれば、本件契約は、真に単純な売買をする趣旨のもとになされたものではなく、売買の形式を取ってはいるが、その実質は本件売買代金額を融資金額とする元金債権五〇〇〇万円、利息年一九パーセント、期限の定めのない金銭消費貸借契約及び右借入金債務を担保する趣旨のもとになされた担保設定契約であると認めるのが相当であり、しかも、その担保の趣旨は売買の形式をとっているとはいえ、買戻に関する定めもなされておらず(〈書証番号略〉)、被告が本件不動産の占有を予定していたような事情がないことは右に見たとおりであることからすれば、これを買戻又は再売買の予約などと解することはできず、結局、処分清算型の譲渡担保設定契約であったと認めるのが相当である(なお、原告の本訴再抗弁1ないし3の主張事実は、本件の譲渡担保契約認定の根拠事実であって、別個独立の法的主張として採用すべきものとはいえない。)。

4  以上によれば、本件登記は被告主張のような売買契約に基づくものではなく、原告主張の譲渡担保設定契約に基づくものと認められるから、原告の所有権に基づく請求は既に理由のある筋合であるが、譲渡担保設定契約の限度で被告の本件登記の保持権原は存在することになる。被告は、本件登記が譲渡担保設定契約に基づくものであることを強く否定しているけれども、外形的には売買契約であるが、その実質は譲渡担保設定契約であると認定するに至った本件訴訟においては、原告の譲渡担保の主張(原告は積極否及び予備的主張としている。)は、被告の援用しない自己に不利益な陳述である(原告の再抗弁として被担保債権の消滅の主張が必要となる。)と解することができる。

二そこで、本件譲渡担保の被担保債権の消滅をもたらす原告の相殺の主張について検討する。

1 右主張(一)の事実のうち、被告が目録三の土地を昭和六二年四月一五日に金井産業に代金三〇〇〇万円で売り渡したことについては当事者間に争いがなく、同(三)の事実のうち、原告が相殺の意思表示をしたことは当裁判所に顕著な事実である。

2 譲渡担保設定契約において、譲渡担保権者は債権者として譲渡担保設定者から担保物の所有権の移転を受けたとしても、それはあくまで担保のためという一種の信託的譲渡にほかならないから、譲渡担保権者は譲渡担保設定者に対して譲渡担保権実行の要件を具備しないかぎり右実行をしてはならない契約上の義務を負っているのみならず、仮に右実行要件を満たしている場合においても目的物を適正な価格で処分して設定者に損害を与えないようにすべき契約上の義務を負っているものと解される。そして、換価処分が不当に低廉である場合には、譲渡担保権者はその責めに帰すべからざる特段の事情がある場合を除き、右義務に違反したものとして、設定者に生じた損害を賠償すべき義務を負うものというべきである。

3 そこで、被告の売却行為により被告が原告に与えた損害の有無及び額を検討するに、右判断は被告の処分時における目録三の土地の時価相当額を基準とするのが相当である。

(一) 前判示のとおり、不動産鑑定評価書(〈書証番号略〉)によれば、目録三(一)(二)の土地は宅地、同(三)の土地は雑種地と評価した上で、昭和五八年三月八日における目録三の土地の評価額は一億三〇九万六〇〇〇円、平成元年六月一二日における評価額は一億九〇六七万円であること、目録三の土地は市街地調整区域内宅地であること、昭和五八年三月八日から処分時までの間において目録三の土地の評価額は上昇していたことが認められるけれども、右鑑定評価書では右上昇率や処分時の評価額については鑑定がなされていない。

(二) しかしながら、前記のとおり昭和五八年三月八日から処分時までの間において目録三の土地の評価額が上昇していた事実は認められるのであるから、仮に競売による減価率を考慮したとしても、処分時の目録三の土地の評価額は少なくとも一億三〇九万六〇〇〇円を下ることはないというべきであり、逆に、同土地について昭和五八年三月八日における評価額を低下させる事実については何ら立証がなく、他に評価額を低下される事情は何ら窺えないから、処分時の評価額は最低一億三〇九万六〇〇〇円はあったと認めるのが相当である。

4 したがって、被告は、目録三の土地を適正な価格で処分しないことにより原告に損害を与えたものといえ、右処分時に原告が被った損害は少なくとも一億三〇九万六〇〇〇円となる(適正価格による売却義務違反として、被告が金井産業に売り渡した代金三〇〇〇万円を控除するとの原告の主張によれば、その差額になるが、三〇〇〇万円は貸金の弁済となるものであるから結果は同一となる。)ところ、原告主張の被告の原告に対する貸金債権の元利合計は授受金額五〇〇〇万円(原告は四〇〇〇万円を前提にするが採用できないことは前判示のとおりである。)について利息制限法所定の最高利率一割五分で借り受けたとして計算しても、前記担保物件処分時までの元利合計額は八一二五万円となる(ただし、期間は原告主張のとおり四年二か月として計算する)。

なお、被担保債権の利息、遅延損害金等の内容については、被告による主張、立証はなされていないけれども、前判示のとおり、被告が本件契約は売買契約であり、譲渡担保ではない旨一貫して主張していたことから、原告により立証及び弁論の全趣旨によって判断せざるをえない。

5 よって、原告による相殺の結果、原告の被告に対する貸金債務及び譲渡担保権は消滅したものというべきである。

(反訴請求に対する判断)

本訴請求に対する判断で検討したように本件契約は単純売買契約ではなく、譲渡担保設定契約で、しかも、その被担保債権が消滅したものであるから、その余について判断するまでもなく反訴原告の反訴請求に理由がないことはあきらかである。

(結論)

以上によれば、原告の被告に対する本訴請求は理由があるからこれを認容し、反訴原告の反訴請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山﨑健二 裁判官上原裕之 裁判官桑原伸郎)

別紙物件目録

一(一)所在 岩槻市大字釣上神明島

地番 一四番一

地目 宅地

地積 1010.56平方メートル

(二)所在 同所

地番 一四番三

地目 宅地

地積 218.08平方メートル

(三)所在 岩槻市大字釣上神明島一四番一

家屋番号 一四番一

種類 居宅

構造 木造瓦葺二階建

床面積 一階112.46平方メートル

二階33.12平方メートル

二 所在 岩槻市大字釣上神明島

地番 三三番

地目 雑種地

地積 二一一平方メートル

三(一)所在 越谷市七左町七丁目

地番 三五六番一

地目 宅地

地積 三九〇平方メートル

(二)所在 同所

地番 三五六番二

地目 宅地

地積 三五〇平方メートル

(三)所在 同所

地番 三五六番三

地目 雑種地

地積 四九五平方メートル

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